研究系及び研究施設の現状 173
分子スケールナノサイエンスセンター
分子金属素子・分子エレクトロニクス研究部門
夛 田 博 一(助教授)
A -1)専門領域:有機エレクトロニクス、分子スケールエレクトロニクス
A -2)研究課題:
a) 有機薄膜電界効果トランジスターの作製と動作機構の解明 b)ナノギャップ電極の作製と有機デバイスへの応用
c) シリコン−炭素ナノインターフェースの構築 d)スピン偏極 S T M の開発
A -3)研究活動の概略と主な成果
a) 極低温4端子プローバーの導入により,F E T 特性の温度変化を測定することが可能となった。試料としてB T QB T(東 京工業大学・山下敬郎教授の合成)を用いたところ,成膜温度が室温の場合は,100ナノメーター前後の球状結晶とな り,80℃で成膜した場合に長さ数ミクロンにもおよぶ針状結晶が得られた。球状晶の電界効果移動度は温度を下げ ると低くなるのに対し,針状晶の移動度は,低温域でも下がることがなく,結晶粒界がキャリア輸送に重要な役割を 果たしていることがわかった。
b)リソグラフィー法によりより作製したマイクロギャップ電極を,電気メッキにより太らせ,ナノメーターサイズの ギャップを有する電極を作製した。片側を金,反対側を銀というように仕事関数の異なる金属でメッキすることに より,キャリアの注入障壁に関する知見を得た。
c) 水素終端シリコン(111)面に 1- アルケンなど末端に2重結合を有する分子を反応させることにより,均一な単一分 子薄膜の作製を行ない,その構造を原子間力顕微鏡(A F M),接触角測定,分子シミュレーションにより調べた。今年 度は,シリコン製カンチレバーにこの手法を適用して,カンチレバー表面をさまざまな有機分子でコーティングし, 摩擦力顕微鏡像を観察した。
d)極低温,強磁場中での分子像観察に成功した。今後,強磁性探針を用いて,スピンの異なるトンネル電子像を観察す る。
B -1) 学術論文
M. TAKADA, H. YOSHIOKA, H. TADA and K. MATSUSHIGE, “Electrical Characteristics of Phthalocyanine Films Prepared by Electrophoretic Deposition,” Jpn. J. Appl. Phys. 41, L73–L75 (2002).
M. TAKADA, H. GRAAF, Y. YAMASHITA and H. TADA, “BTQBT Thin Films: A Promissing Candidate for High Mobility Oragnic Fieled Effect Transistors,” Jpn. J. Appl. Phys. 41, L4–L6 (2002).
M. ARA, H. GRAAF and H. TADA, “Nanopatterning of Alkyl Monolayers Covalently Bound to Si(111) with An Atomic Force Microscope,” Appl. Phys. Lett. 80, 2565–2567 (2002).
M. ARA, H. GRAAF and H. TADA, “Atomic Force Microscope Anodization of Si(111) Covered with Alkyl Monolyaers,” Jpn. J. Appl. Phys. 41, 4894–4897 (2002).
H. GRAAF, M. ARA and H. TADA, “Force Curve Measurement of Self-Assembled Organic Monolayers Bound Covalently on Silicon (111),” Mol. Crsyt. Liq. Cryst. 377, 33–35 (2002).
B -2) 国際会議のプロシーディングス
M. TAKADA, Y. YAMASHITA and H. TADA, “Field Effect Transistors of BTQBT and Its Derivatives,” MRS Proc. P.10.3 (2002).
B -3) 総説、著書
H. TADA and S. TANAKA, 「分子スケールの電気特性測定」, K. MTATSUSHIGE and K. TANAKA, Eds., 「分子ナノテク ノロジー」, 化学同人 (2002).
B -6) 学会および社会的活動 学協会役員、委員
応用物理学会有機分子バイオエレクトロニクス分科会常任幹事 (1995-1997, 1999-2001). 電気学会ハイブリッドナノ構造電子材料調査専門委員会委員 (1997-1999).
化学技術戦略推進機構 インターエレメント化学ワーキンググループ委員 (2000-2001). 化学技術戦略推進機構 コンビナトリアル材料化学産官学技術調査委員会委員 (2000-2001). 学会の組織委員
光電子機能有機材料に関する日韓ジョイントフォーラム2000 組織委員 (2000, 2001, 2002).
環太平洋国際化学会議におけるシンポジウム “Ordered Molecular Films for Nano-electronics and Photonics,” 組織委員 (2000).
学会誌編集委員
「表面科学」編集委員 (1994-1996).
B -7) 他大学での講義、客員
京都大学工学研究科電子物性工学専攻 , 「分子エレクトロニクス」, 2000 年 , 2001年 , 2002年後期 . 東京工業大学応用セラミックス研究所 , 非常勤講師 , 2001 年 2 月 .
C ) 研究活動の課題と展望
有機電界効果トランジスタ(OF E T )は,1990年代後半になりペンタセン蒸着膜が,アモルファスシリコンに匹敵する1 cm2/V s 程度の正孔移動度を示したことや,大気中でも安定なn型半導体特性を示す材料が見出されたこと,インクジェットプリント やスクリーン印刷のような簡便な手法で作製できることが示されたことにより,有機E L デバイスの市場化の動きとも相俟って, 米国,ドイツ,オランダなどでフレキシブル化,低コスト化を意図した全有機デバイスの開発研究が活発化している。一方,無 機半導体デバイスにおける微細化の物理的・技術的限界が見え始め,新しいパラダイムに基づくデバイス設計の必要性が 指摘されている。そのひとつとして,有機分子を高度に組織化した分子スケール素子が検討されている。走査プローブ顕微 鏡をはじめとするナノ計測・加工ツールの急速な進歩により,構成要素となる単一分子あるいは小数分子系の電気特性を計 測することも可能となり,分子スケールエレクトロニクスとよばれる研究領域が着実に広がっている。基礎特性を調べる方法
研究系及び研究施設の現状 175 のひとつとして,電界効果トランジスター構造が用いられ,1本のカーボンナノチューブや単一分子を用いた研究が行われて いる。有機デバイスおよび分子デバイスの実現のために避けて通れない主な課題は下記の3点である:①不純物の問題,吸 着ガスの問題,②信号(キャリア)の入出力インターフェースの問題,③グレイン境界でのキャリア輸送の問題。我々は,前述 のアプローチでこれらの問題解決の糸口を掴みたいと考えている。
鈴 木 敏 泰(助教授)
A -1)専門領域:有機合成化学
A -2)研究課題:
a) 電界効果トランジスタのための有機半導体の開発 b) 有機 E L 素子のため高効率燐光錯体の開発
A -3)研究活動の概略と主な成果
a) 有機物を用いた半導体デバイスは,エレクトロニクス産業に与える影響が大きいことから,基礎・応用研究として大 きな注目を集めている。有機エレクトロニクス素子は,フレキシブルな基板が使えるなどシリコン半導体にはない 特徴が活かせる可能性がある。我々は,新規な有機半導体としてアセンオリゴマーを提案し,ナフタレンオリゴマー
(nN)およびアントラセンオリゴマー(nA)をS uzukiカップリング反応により合成した。ナフタレンオリゴマーは無 色結晶,アントラセンオリゴマーは明るい黄色結晶である。3N,4N,2A,および3Aは高い融点と耐熱性をもつが,ジ ヘキシル体DH-2AおよびDH-3Aはアルキル基により分解温度が低下した。ナフタレンオリゴマーは溶液で青紫色, 固体で青色の強い蛍光を示す。アントラセンオリゴマーは溶液で青色,固体で青緑から緑色の強い蛍光を示す。電気 化学測定によると,アントラセンオリゴマーは比較的安定なラジカルカチオンを与えるが,酸化電位はテトラセン より高い。真空蒸着によって作成したアセンオリゴマーの薄膜は高い結晶性を示し,S iO2/Si基板に垂直か少し傾い て立っている。3N および 4N の FET を種々の基板温度で作成したが,F E T 動作は観測されなかった。一方,アントラ センオリゴマーではトランジスタ動作が見られ,移動度が2A < 3A < DH-2A < DH-3Aの順で向上した。特にDH-3A は 0.18 cm2/V s とアモルファスシリコンに近い移動度を持つ。チオフェンオリゴマーは最もよく研究された有機ト ランジスタ材料であるが,アントラセンオリゴマーはそれより優れていることがわかった。F E T の移動度を上げる ためは,有機半導体のイオン化電位を下げることより薄膜の質を向上させることのほうが重要である。そのため,分 子を秩序よく並べ,欠陥を少なくすることを第一に考えて分子設計する必要がある。[K. Ito, T. Suzuki, Y. Sakamoto, D. Kubota, Y. Inoue, F. Sato and S. Tokito, Angew. Chem. Int. Ed. in press]
b) 有機エレクトロルミネッセンス(E L )素子は,次世代のフラットパネルディスプレーとして盛んに研究開発が行わ れている。特に最近では,高効率の燐光発光材料であるイリジウム錯体が大きな注目を集めている。我々は,パーフ ルオロフェニル基で置換された高効率イリジウム錯体を開発した。これらの錯体は発光層のドーパントとして黄緑 色からオレンジ色の発光を示し,外部量子収率は12%以上,最高で14.7%に達することがわかった。錯体のみを発光 層とした場合でも,量子収率は 6.2% を記録した。
B -1) 学術論文
S. KOMATSU, Y. SAKAMOTO, T. SUZUKI and S. TOKITO, “Perfluoro-1,3,5-tris(p-oligophenyl)benzenes: Amorphous Electron-Transport Materials with High Glass-Transition Temperature and High Electron Mobility,” J. Solid State Chem. 168, 470–473 (2002).
研究系及び研究施設の現状 177 B -2) 国際会議のプロシーディングス
N. SHIRASAWA, T. TSUZUKI, T. SUZUKI and S. TOKITO, “Perfluorophenyl-Substituted 2-Phenylpyridine Iridium Complexes: Efficient Materials for the Emission Layer of OLEDs,” Proceedings of the Ninth International Display Workshops 1207–1209 (2002).
B -4) 招待講演
鈴木敏泰, 「完全にフッ素化された芳香族オリゴマーの合成と有機E L およびトランジスタへの応用」, 第2回F& F特別セミナー, 東 京 , 2002年 5月 .
C ) 研究活動の課題と展望
最近,次世代の有機電子材料として「単一分子素子」や「ナノワイヤー」等のキーワードで表される分野に注目が集まってい る。S PM技術の急速な発展により,単一分子メモリ,単一分子発光素子,単一分子ダイオード,単一分子トランジスタなど基 礎研究が現実的なものとなってきた。一個の分子に機能をもたせるためには,従来のバルクによる素子とは異なった分子設 計が必要である。計測グループとの密接な共同研究により,この新しい分野に合成化学者として貢献していきたい。現在行っ ている有機半導体の開発は,単一分子素子研究の基礎知識として役立つものと信じている。
田 中 彰 治(助手)
A -1)専門領域:構造有機化学、分子スケールエレクトロニクス
A -2)研究課題:
a) ナノ電子工学との融合を目指した大型分子機能システムの開発
A -3)研究活動の概略と主な成果
a) 極限の機能集積度(1機能ユニット/平方ナノメータ)を有する「真に分子レベルの電子情報処理システム」の創出 に至る根幹技術として,単一の大型平面分子骨格内に多種多様な分子機能ユニットを定序配列に作り込むプレー ナー型モノシリック機能集積化アーキクチャの開拓が求められている。そのための基盤研究として本プロジェクト では,i) 電子構造制御用分子ブロック,ii) 被覆型分子ワイヤーブロック,iii) 分子ジャンクションブロック,iv) 分子 アンカーブロックといった要素機能モジュール群の開発,並びにその大規模組織化法の新規開発を進めている。本 件では固体基板上を分子機能の発現場と設定しており,今年度は主に各種分子モジュールの「基板表面上における 分子構造-物性相関」について検討を行った。計測容易な溶液系(よって分子スクリーニングも容易)における構造− 物性相関との比較から,「表面分子系に特有な分子設計指針」について解明を進めている。
B -1) 学術論文
M. TACHIBANA, S. TANAKA, Y. YAMASHITA and K. YOSHIZAWA, “Small Bandgap Polymers Involving Tricyclic Nonclassical Thiophene as a Building Block,” J. Phys. Chem. B 106, 3549–3556(2002).
B -3) 総説、著書
多田博一、田中彰治 , 「分子スケールの電気特性測定」, 分子ナノテクノロジー 化学同人 , pp. 65–72 (2002).
B -4) 招待講演
田中彰治 , 「有機合成量子化学からの分子スケール・エレクトロニクス素子開発」, 産業技術総合研究所 , つくば , 2002 年 10 月 .
田中彰治, 「固体基板上における自己組織化能を有する大型パイ共役分子の開発」, 中化連・特別討論会「ナノテクノロジー への錯体化学の寄与」, 名古屋 , 2002年 10 月 .
田中彰治, 「構造有機化学の新天地― 有機量子化学と量子デバイス工学の融合領域としての分子スケールエレクトロ ニクス」, 新潟大学理学部講演会 , 新潟 , 2002年 12月 .
B -6) 学会および社会的活動 学会の組織委員
分子研分子物質開発研究センター・特別シンポジウム「分子スケールエレクトロニクスにおける新規分子物質開発」主催 者 (1998).
研究系及び研究施設の現状 179 応用物理学会・日本化学会合同シンポジウム「21世紀の分子エレクトロニクス研究の展望と課題―分子設計・合成・ デバイスからコンピュータへ―」日本化学会側準備・運営担当 (2000).
第 12回日本MRS学術シンポジウム:セッション H「単一電子デバイス・マテリアルの開発最前線 ∼分子系・ナノ固体系 の単一電子デバイス∼」共同チェア (2000).
First International Conference on Molecular Electronics and Bioelectronics, 組織委員 (2001).
C ) 研究活動の課題と展望
近年,応用物理系領域においてナノ分子デバイスの動作実証研究が盛んとなっているが,それらの研究例はバルク電極の 一部を微細化して形成したナノギャップ内に単一(少数)分子を配置した「ハイブリッド型分子素子」について行われたもの である。しかし,そのようなバルク電極や配線部材を構築要素として多用する系では,「真に単一分子レベルの情報処理シ ステム」にまでは原理的に進展しえない。この限界を打破するための新概念が,情報処理に必要とされる一連の基本機能 ユニットを単一巨大分子内に定序配列に組み込む「モノリシック型分子アーキテクチャ」である。容易に予想されるように,こ の新分子アーキテクチャの具現化のためには,ハイブリッド型と比較してはるかに複雑で困難な分子開発が必要となる。だ からこそ「機能分子の設計/合成だけで飯を食える」べく訓練された構造有機化学者が突破口を切り開く責任を有するもの と考えている。
ナノ触媒・生命分子素子研究部門
永 田 央(助教授)
A -1)専門領域:有機化学、錯体化学
A -2)研究課題:
a) 光励起電子移動を利用した触媒反応の開発
b) 金属錯体およびポルフィリンを用いた光合成モデル化合物の合成 c) 大型有機分子を用いたナノ反応場の設計と制御
A -3)研究活動の概略と主な成果
a) ポルフィリンの光励起電子移動を利用したアルコールの酸化反応系について,反応機構を詳細に調べた。ベンジル アルコール,T E MPO(2,2,6,6-tetramethyl-1-piperidinyloxy),2,5- ジ -t- ブチル -1,4- ベンゾキノンのピリジン溶液に触媒 量のポルフィリンを加えて可視光照射すると,ベンズアルデヒドが生成する。T E MPOは反応に必須であり,T E MPO が一電子酸化されたオキソアンモニウムカチオンが反応活性種であることを示唆している。このことは,さまざま な基質に対する反応性のパターンからも裏付けられた。反応初期速度は基質濃度に依存し,オキソアンモニウムと 基質の反応が律速段階に関わっていることがわかる。一方,キノンの濃度を変化させたところ,興味深いことにキノ ンの濃度増大とともに初速度が減少することがわかった。この奇妙な挙動は,ポルフィリンの励起三重項から反応 が進行していると考えると理解できる。すなわち,キノンの濃度が高くなると,励起一重項のキノンによる直接消光 のために,励起三重項の収率が低くなる。励起三重項状態の量子収率のキノン濃度依存性は S tern-V olmer プロット の結果から見積もることができ,初速度のキノン濃度依存性と一致する傾向を示した。また,これとは別にT E MPO 濃度に対する初速度の依存性を調べたところ,比較的低い濃度領域で初速度対濃度の傾きが減少しはじめ,25 mol% 付近で飽和する傾向が見られた。T E MPOが反応活性種の前駆体であることを考えるとこの結果もまた奇妙である が,T E MPOは芳香族分子の励起三重項状態をエネルギー移動で失活させることが知られており,三重項経由の反応 を仮定することでこの現象も矛盾なく説明できる。これらの結果を元にして,予想される反応機構を図式化した。 ところで,本反応の量子収率は0.1%であり,実用化するにはあまりにも低い。提案した反応機構では,光励起を受けた後に
生成物に至らずに失活してしまう非生産的経路が少なくとも4種類存在しており,これらの経路を抑制することで原理的には 反応効率を上げることができる。しかしながら,これらの経路はいずれも反応に不可欠な要素(キノンやT E MPO)が起こす副 反応であり,反応条件を多少調整する程度では大きな改善は見込めない。それぞれの非生産的経路を選択的に阻害する ための特別な分子設計が必要であると考えられる。
c) 光反応を制御するための反応場構築への一段階として,金属ナノ粒子・有機分子複合体の合成に取り組んだ。3-アセ チルチオ-1-プロピルオキシ基を有するベンゼン環をチオエーテル結合で9個または15個結合した三脚型分子を合 成し,これを用いて金とパラジウムのナノ粒子の安定化を試みた。適切な条件を選択することで有機溶媒中で安定 なコロイド溶液を調製でき,2–4 nmの粒子が電子顕微鏡により確認できた。同じ条件で三脚型分子を除いて調製す ると不溶性の沈澱(単体金属と思われる)が生成することから,ナノ粒子の安定化に三脚型分子が寄与していること が示された。
研究系及び研究施設の現状 181 B -1) 学術論文
T. NAGATA and K. TANAKA, “Syntheses of a 6-(2-Pyrrolyl)-2,2’-bipyridine Derivative and Its Ruthenium Complex,” Bull. Chem. Soc. Jpn. 75, 2469–2470 (2002).
C ) 研究活動の課題と展望
着任以来人工光合成系の研究を進めており,本年度は1つの光酸化反応についてほぼ全貌を明らかにした。同時に,今後 この反応を光物質変換系に展開していくにあたって,解決すべき問題点も数多く明らかになった。いくつかの問題点を解決 する分子設計のアイデアを現在暖めている。来年度はこのアイデアに基づいていくつかの新しい分子を合成して検証を行 う予定である。
もう1つ来年度に実現すべきものは,T E MPO酸化反応との同時進行が可能な還元反応の開発である。これが実現できれば, 光エネルギーを用いてアルコールの酸化と別の還元反応を同時に進行させ,犠牲基質を用いない光物質変換が可能とな る。本グループで以前開発した光還元反応は,残念ながらT E MPO還元反応との組み合わせに適さないことが明らかとなっ た(未発表)。これまでにも還元反応のスクリーニングは行ってきたが,光酸化反応の詳細が明らかになったことを踏まえて, 別の視点から新たな反応探索に取り組もうと考えている。
(c)は本年度から本格的に取り組んでいる課題で,現在はまだナノ粒子の合成と同定に苦労している段階である。課題の欄 に「ナノ反応場」と記述した通り,これらの粒子には酸化還元反応の場としての機能を期待している。遅くとも来年度の後半 には,これらのナノ粒子を用いた電子移動化学に本格的に参入したいと考えている。上に示した通り現時点では還元反応 の開発が急務であるため,ナノ粒子に電子をため込み還元反応を駆動する,という方向で研究を進める。
ナノ光計測研究部門
佃 達 哉(助教授)
A -1)専門領域:物理化学、クラスター科学
A -2)研究課題:
a) サブナノ金属クラスターの調製と構造評価 b) 金属クラスター表面上の単分子膜の構造と安定性 c) 質量分析法を用いたナノクラスターの構造評価
A -3)研究活動の概略と主な成果
a) 金属クラスターは,気相と固・液相の中間に位置する物質相として基礎理学をはじめとして様々な応用分野で注目 を集めている。なかでも数個から数十個からなるサブナノメートルスケールの金属クラスターは,バルクとは異な る特異的な性質・機能を示すことが期待されているが,その調製法は未開拓であり,それを確立することは重要な課 題のひとつに挙げられる。我々は,チオール分子が持つ還元能と金属クラスターに対する保護能を利用した簡便な 調製法を開発した。
a1) 塩化パラジウムとアルカンチオールとの反応では,チオラート錯体の他に低収率(~ 20%)ながら,アルカンチオー ルで安定化されたPdクラスターが生成することを見い出した。レーザー脱離イオン化質量分析法を用いて,これら の組成とコアサイズの分布を調べたところ,20量体を中心に60量体程度までが生成していること,構成原子数に対 して6割という高い被覆率でチオールが配位していることが分かった。また,吸収スペクトルから,これらのPdクラ スターが金属的な性質を失い,分子的(絶縁体的)な性質が発現していることを明らかにした。
a2) ジメルカプトこはく酸(DMSA )などのジチオールと金属塩を反応させたところ,金属サブナノクラスターの収率が 飛躍的に向上した。このことは,分子内でジスルフィドを生成する過程が,金属塩の還元を促進することを示唆して いる。また,例えば金イオンとDMSA の反応ではA u13(D MSA )8が効率良く生成したが,これは立方八面体構造のA u13
の 8 つの(111)面にそれぞれ1つの D MS A が配位した構造の特異的な安定性によるものと考えられる。
b) チオールなどの有機単分子膜はただ単に金属クラスターを保護・安定化するだけでなく,電子輸送などの物性や超 格子形成能などの発現に直結した重要な構造因子である。本研究では,一連のアルカンチオールCnH2n+1SH (n = 10,
12, 14, 16, 18) によって保護されたパラジウムクラスター(直径~ 3 nm)を調製し,その単分子膜の構造と安定性を
ゲル浸透クロマトグラフィー(GPC ),透過型電子顕微鏡(T E M ),フーリエ変換赤外分光( F T -IR )を用いて系統的に 調べた。その結果,n = 16, 18ではアルカン鎖はすべてトランス形の配座を持った結晶性の高い単分子膜を形成して いるのに対して,n = 10, 12, 14 ではゴーシュ形の欠陥を含む液体的な膜構造を形成することがわかった。n ≥ 16 で は強固で均一な膜が形成されることを利用して,GPC によってコアのサイズ評価およびサイズ選別が可能であるこ とを示した。一方,n ≤ 14ではチオール配位子が金属を伴って脱離する過程が観測されたが,このことはこれらのク ラスターではエッチングや配位子交換などのナノ加工が可能であることを示唆している。
c) 質量分析法を用いて以下に挙げる様々なクラスターの構造解析を行った。
c1) 電子衝撃−超音速ジェット法によって(CO2)n–を生成し,そのサイズ分布を求めた。負イオン状態に固有の安定性に
研究系及び研究施設の現状 183 起因する魔法数のほかに,60量体から1000量体に渡って規則的な周期構造が観測された。シェルモデルに基づく解 析の結果,C O2クラスターは立方八面体構造を持ち,観測された周期構造はこのファセットを逐次的に埋めること によるものであると結論した。1 µm程度のサイズのドライアイス結晶が八面体構造を持つことから,CO2クラスター
では切頭(truncation)によって表面エネルギーを抑えていることがわかった。本研究は,永田敬教授(東大院総合)と の共同研究である。
c2) C60,C70を加熱気化し,放射線(アメリシウム)およびコロナ放電によってイオン化し,質量分析を行った。放射線に よるイオン化では,C60,C70の親イオンのみが観測されたが,放電イオン化では酸化物イオンが観測された。フロー アルゴン中の酸素添加量により酸化の程度は制御が可能であり,最大30,35個程度までの酸素原子が付加したヘテ ロフラーレンの生成が始めて確認された。本研究は,田中秀樹博士(理研)との共同研究である。
c3)「ナノテクノロジー総合支援プロジェクト」の一環として,全国の大学の研究者と協力して,液相法で調製した金属 や半導体のクラスターの質量分析を行っている。配位子の種類やコアサイズの領域やその分散度に応じて,イオン 化法(レーザー脱離イオン化法またはエレクトロスプレーイオン化法)や試料の前処理などを試行錯誤によって最 適化しているのが現状であるが,一部のサンプルについては分析に成功しており,これを足掛かりとして汎用性を 高める努力を継続して行っている。
B -1) 学術論文
Y. NEGISHI, H. MURAYAMA and T. TSUKUDA, “Formation of Pdn(SR)m Clusters (n < 60) in the Reactions of PdCl2 and RSH (R = n-C18H37, n-C12H25),” Chem. Phys. Lett. 366, 561–566 (2002).
Y. NEGISHI, T. NAGATA and T. TSUKUDA, “Structural Evolution in (CO2)n Clusters (n < 103) as Studied by Mass Spectrometry,” Chem. Phys. Lett. 364, 127–132 (2002).
T. TSUKUDA, L. ZHU, K. TAKAHASHI, M. SAEKI and T. NAGATA, “Photochemistry of (NO)n– – as Studied by Photofragment Mass Spectrometry,” Int. J. Mass Spectrom. 220, 137–143 (2002).
H. SAKURAI, T. TSUKUDA and T. HIRAO, “Pd/C as a Reusable Catalyst for the Coupling Reaction of Halophenols and Arylboronic Acids in Aqueous Media,” J. Org. Chem. 67, 2721–2722 (2002).
H. SAKURAI, T. HIRAO, Y. NEGISHI, H. TSUNAKAWA and T. TSUKUDA, “Palladium Clusters Stabilized by Cyclodextrins Catalyse Suzuki-Miyaura Coupling Reactions in Water,” Trans. Mater. Res. Soc. Jpn. 27, 185–188 (2002).
B -3) 総説、著書
根岸雄一、佃 達哉 , 「金属クラスターの液相合成と質量分析」, エアロゾル研究 17, 18–22 (2002).
B -4) 招待講演
佃 達哉 , 「クラスターの科学―原子・分子小集団が織りなす機能―」, 平成 14 年度国研セミナー, 岡崎市 , 2002年 6 月 .
佃 達哉 , 「表面修飾による金属クラスターの安定化と機能化」, 第 23回触媒夏の研修会 , 山梨県南都留郡 , 2002年 8月 . 佃 達哉 , 「クラスターの科学―原子・分子小集団が織りなす機能―」, 平成 14 年度東部高齢者教室 , 安城市 , 2002 年 10 月 .
B -5) 受賞、表彰
佃 達哉 , 第 11回井上研究奨励賞 (1995).
B -6) 学会および社会的活動 学会誌編集委員
「ナノ学会」編集委員 (2002).
C ) 研究活動の課題と展望
チオール単分子膜で保護された金属クラスターを主たるターゲットとして,研究を進める。特に,サブナノ領域のクラスターを 扱う際には精度の高いサイズ選別法を確立することが不可欠であるが,当面は金属ナノ粒子との対比を通して,サブナノ 領域のクラスターの電子的,構造的特徴を浮き彫りにすることを念頭に置く。実際のテーマとしては,E X A F Sなどによる構造 解析,電子分光による電子構造解明,磁性や発光などの機能探索を考えている。また,これらの金属クラスターを機能単位 として生かすための基盤技術を開発するという観点から,光や熱による配位子脱離過程や表面基板への固定化反応につ いての基礎的な実験に着手したい。将来的には,これらの技術を総動員して金属クラスター触媒系を構築し,その機能を調 べてゆきたい。
研究系及び研究施設の現状 185
界面分子科学研究部門(流動研究部門)
小宮山 政 晴(教授)
A -1)専門領域:触媒表面科学、光表面化学
A -2)研究課題:
a) 走査型トンネル顕微鏡( S T M )による光触媒励起状態の空間分解分光 b)S T M による脱硫触媒活性点構造の解明
c) 燃料電池用水蒸気改質触媒の開発
d)アパチャレス近接場光学顕微鏡( S NOM )の試作
A -3)研究活動の概略と主な成果
a) S T M を用いて,紫外・可視光による光触媒励起状態の原子レベルでの空間分布測定を試みた。ルチル型T iO2(110)表 面においては,特定の構造部分が特定波長の光照射に対して応答することが見出された。たとえば325 nmの紫外光 照射に対しては(110)面のほぼ全域が応答したが,とくにステップ部分の応答が著しかった。一方442 nmの可視光を 使用した場合には,ルチル型T iO2のバンドギャップが3.2 eV であるにもかかわらず,ステップの一部ならびに(2×1) 表面再構成構造の一部が光照射に応答した。現在この光応答の局所構造依存性を,局所電子状態から解釈しようと 試みている。
b)近年の燃料油中の硫黄含量規制の強化を受けて,石油系燃料の深度脱硫の重要性が増してきている。このプロセス では通常C o-Mo硫化物系の触媒が使用されるが,その活性点構造は必ずしも明らかではない。そこでST MによりC o- Mo硫化物系触媒の調製過程と活性点構造を明らかにするための研究を開始した。本触媒系は調製途中で硫化水素 による硫化が必要になるため,ST Mの前処理室として硫化処理専用のチャンバを製作した。現在,二硫化モリブデン の基底面にC oカルボニルを吸着させ,これを分解・硫化して調製したモデルC o-Mo硫化物の表面構造を原子レベル で観察し,MoS2上でのコバルトカルボニルの吸着位置や分解・硫化後の Mo,C o,S 各原子の相対位置の解明を試み ている。
c) 水素燃料電池を用いた発電は,環境負荷の低さならびに装置の小ささからくる分散電源としての可能性から,将来 家庭における主要な発電装置として期待されている。オンサイトでの水素発生には,都市ガスやプロパン,灯油など を水蒸気改質する必要があり,そのための長寿命・高効率触媒の開発が急務となっている。ここでは灯油を燃料とす る場合を想定して,その水蒸気改質触媒の開発と評価を開始した。現在R u/α-Al2O3系触媒の寿命・活性の評価方法に ついて検討中である。
d)アパチャレス S NOM は,通常の S NOM の分解能が光ファイバプローブの開口径で制限されるのに対して分解能の 制限がなく,原子分解能を実現する可能性の高い手法である。その試作のために,装置,制御回路,検出系などの設計・ 試作を行っている。
B -1) 学術論文
Y. YOKOI, G. YELKEN, Y. OUMI, Y. KOBAYASHI, M. KUBO, A. MIYAMOTO and M. KOMIYAMA, “Monte Carlo Simulation of Pyridine Base Adsorption on Heulandite (010),” Appl. Surf. Sci. 188, 377 (2002).
M. KOMIYAMA, Y. -J. LI and D. YIN, “Apparent Local Structural Change Caused by Ultraviolet Light on a TiO2 Surface Observed by Scanning Tunneling Microscopy,” Jpn. J. Appl. Phys. 41, 4936 (2002).
B -4) 招待講演
M. KOMIYAMA, “Application of Scanning Probe Microscopy to Catalyst Research: A Few Examples,” The Workshop of Molecular Design and Simulation, Changsha (China), June 2002.
小宮山政晴 , 「S T Mによる触媒表面と光との相互作用:T iO2 (110)」, 第 90 回触媒討論会 A, 浜松 , 2002 年 9 月 .
B -7) 他大学での講義、客員
山梨大学工学部 , 「物理化学大要」「基礎物理化学」「資源物理化学」, 2002年度 . 新潟大学工学部 , 「機器分析化学」, 2002年 8月 5日 -7日 .
東京工業大学工学部 , 「機器分析特別講義」, 2002年 11 月 11 日 .
島根大学総合理工学部 , 「物質設計特論」「物質設計特別講義」, 2002年 12月 16日 -18日 . 湖南師範大学 , 客員教授 , 2001年 -.
C ) 研究活動の課題と展望
固体表面と光との相互作用は,ことに光触媒反応との関連で興味深い研究課題である。固体表面の光励起は一般的には 無限の三次元配列を想定する固体のバンドモデルで解釈されるが,光触媒反応はナノレベルの局所原子配列によって左 右され,この両者を統合的に理解するためには固体表面の光励起を原子分子のレベルで把握することが必要不可欠であ る。このために原子レベルのローカルプローブであるST Mを使用して,光触媒の励起過程とその触媒反応過程の解明を進 めている。さらに通常の分光法にプローブ顕微鏡の手法を生かした空間分解能を組み合わせる手段として,アパチャレス S NOM の試作と応用を行う。
また化石燃料使用による環境問題の悪化を極力回避するためには,脱硫のような対症療法から燃料電池使用のような根本 的解決法まで,さまざまな局面での取り組みが必要である。これらの問題を触媒という側面から検討したいと考えている。
研究系及び研究施設の現状 187
奥 平 幸 司(助教授)
A -1)専門領域:有機薄膜物性、電子分光、物理化学
A -2)研究課題:
a) 電子分光法による有機薄膜表面及び界面の構造と電子状態 b)内殻励起による有機薄膜の光分解反応の研究
A -3)研究活動の概略と主な成果
a) 高機能な有機分子素子の作製には,その動作機構の解明が,重要である。しかしながら,その動作機構の詳細に関し てまだ十分な知見が得られていない。このような素子の特性に大きな影響を与える膜表面および界面の電子構造は, 分子配向等に大きく依存する。有機高分子薄膜は,大気中で安定なこと,スピンキャスト法を用いることで大量生産 が可能であるという特徴をもつ。本研究では,側鎖にπ共役系を持つスチレン(PSt),ポリビニルナフタレン(PV Np), ポリビニルカルバゾール(PV C z)を試料とし,準安定励起原子電子スペクトル(MA E S)および,紫外光電子スペクト ル(UPS )を測定した。MA E Sはプローブとして準安定励起原子(今回の測定ではHe*)を使用しているため,膜最表面 の電子状態を選択的に捉えることができる測定法である。今回,各試料の MA E S の測定結果から,PS t,PV Np,PV C z 各薄膜表面が大気中スピンキャスト法で作成したにもかかわらず,非常に清浄であることを見出した。またMA E S と UPS と比較することにより,側鎖であるπ共役系を持つ環(PStならベンゼン環,PV Npならナフタレン環)が基板 から立っており,環の端にあるC–H基がこれらの高分子薄膜表面の電子状態を支配していることを示すことが出来 た。これらの結果は,先に放射光を用いた角度分解紫外光電子分光法( A R U PS )およびして軟X線吸収スペクトル
( NE X A F S )の結果とよく一致している。
b)フッ素化ベンゼンのオリゴマー(perfluorinated Oligo(p-phenylene) PF 8P)は,電子(n- タイプ)伝導性を示す興味深い 物質である。このようなn-タイプの伝導性を示す有機分子を用いて有機分子素子を作製した場合,その伝導機構は 非占有状態をはじめとする励起状態に深く依存している。一方内殻電子励起は,励起状態の局在性を利用すること で,特定の化学結合を選択的に結合切断することができる興味深い現象であるが,その選択的結合切断と励起状態 は深く関連しており,これを利用することで励起状態の帰属が期待される。本研究では,PF 8P 薄膜に軟X線を照射 しtime-of-flight法によるイオンマススペクトルを測定した。放出されたイオンのイオン種およびイオン収量の励起 波長依存性から,内殻励起による結合切断と励起状態の関係を調べた。その結果をテフロン等の結果と比較するこ とで,PF 8Pにおけるフッ素 1s領域の軟X線吸収スペクトルの最もエネルギーの低い領域に現れるピークは,π電子 系で通常予測されるπ*への励起ではなく,F1s → σ(C–F)*であることを見出した。これは,励起された電子と,生成 されたホールとの相互作用によりσ(C–F)*が低エネルギー側にシフトしたと考えられる。
B -1) 学術論文
K. K. OKUDAIRA, H. YAMANE, K. ITO, M. IMAMURA, S. HASEGAWA and N. UENO, “Photodegradation of Poly(Tetrafluoroethylene) and Poly(Vinylidene Fluoride) Thin Films by Inner Shell Excitation,” Surf. Rev. Lett. 9, 335–340 (2002).
H. YAMANE, K. ITO, S. KERA, K. K. OKUDAIRA and N. UENO, “Low Energy Electron Transmission Study of Indium/ (Perylene-3,4,9,10-Tetracarboxylic Dianhydride) System,” Jpn. J. Appl. Phys. 41, 6591–6594 (2002).
S. KERA, H. YAMANE, I. SAKURAGI, K. K. OKUDAIRA and N. UENO, “Very Narrow Photoemission Bandwidth of the Highest Occupied State in a Copper-Phthalocyanine Monolayer,” Chem. Phys. Lett. 91–98 (2002).
H. YAMANE, K. ITO, S. KERA, K. K. OKUDAIRA and N. UENO, “Low-Energy Electron Transmission Through Organic Monolayers: An Estimation of the Effective Monolayer Potential by an Excess Electron Interference,” J. Appl. Phys. 92, 5203–5207 (2002).
C ) 研究活動の課題と展望
有機薄膜の表面および界面の電子状態の研究は,高機能な有機分子素子の開発という実用的な面だけでなく,表面および 界面特有の現象(基板後分子の相互作用に依存する表面分子配向,界面での反応とそれに伴う新しい電子状態の発現) という基礎科学の面からも重要な研究テーマである。今後は,複雑な構造をもち,興味深い電子状態をもつと考えられる高分
子をはじめ,バイオ素子への適用を考え生体分子まで視野に入れた研究を行う。これらの分子からなる薄膜表面および界面 でどのような電子状態が形成されているかを,放射光を用いた角度分解紫外光電子分光法を中心としたいくつかの表面敏 感な測定法(ペニングイオン化電子分光法,低速電子線透過法等)を組み合わせることで,明らかにしていきたい。 一方,内殻電子励起による結合切断は,分子内の特定の結合を選択的に切断する“ 分子メス”として新たな化学反応として 興味深い現象である。結合切断のメカニズムは,内殻電子励起とそれにともなうオージェ過程が関与しているといわれてい るが,その詳細については不明な点が多い。今後は高い配向性のある超薄膜を作製し,励起状態の正確な帰属をおこなう。 さらにコインシデンス法用いて,励起状態とそれに関与するオージェ過程と結合切断の関係を明らかにしていきたい。
研究系及び研究施設の現状 189
久保園 芳 博(助手)
A -1)専門領域:物性物理化学
A -2)研究課題:
a) 金属内包フラーレン固体の構造・物性 b)フラーレン薄膜の物性とデバイス展開
c) ナノメータスケールでのフラーレンの物性とナノデバイスへの展開
A -3)研究活動の概略と主な成果
a) D y@ C82およびC e@ C82の異性体Iの精製・分離試料を得て,その結晶性固体を使ったX線粉末回折から,10–423 Kま での広い温度領域と,1から70 kbarまでの圧力下での構造を調べた。R ietveld解析の結果,常温では両結晶ともにPa3 –
の空間群をもつ単純立方構造をとり,C2v構造のM@C82(M: Ce および Dy)が C2軸を結晶の[111]に向けて3 –
を満たす ようにdisorderした構造をとっていることがわかった。また,150 K 付近に3
–
を満たすdisorderの凍結に起因すると考 えられる構造相転移が存在することが示唆された。これらの結果は,すべてPhysical Review B に掲載ないし投稿さ れた。
b)C60,C70および D y@ C82薄膜を用いた電界効果トランジスター(F E T )デバイスを作製し,F E T 動作特性を調べた。こ れらは,すべて正のゲート電圧印加において F E T 動作するn-channel FET であり,C60と C70はエンハンスメント型, D y@ C82はdepletion型として動作することがわかった。実現した移動度(µ)はC60薄膜F E T で,0.14 cm2V–1s–1であり, 有機薄膜 F E T としては極めて高い。また,C60および C70薄膜 F E T のµの温度依存性から,これらはすべてホッピング 型輸送機構に基づく伝導特性を示すことがわかった。なお,C60はn型半導体であることから,F E T 動作には多数キャ リアが寄与していることになり,蓄積型のチャンネル形成が行われているものと示唆される。さらに,C60F E T のµの ガス曝露効果や膜厚依存性を調べるとともに,C60薄膜F E T を用いた論理回路を作製した。また,M@C82の薄膜の電 気抵抗率測定により,三価金属を内包したM@C82が基本的に小さなギャップを有する半導体であることを見いだ した。これらの結果は,Physical Review B に投稿された。
c) Si(111)-7×7表面上に蒸着された単分子のDy@C82および数モノレイヤーの D y@ C82の配列構造の観察を常温と 130
K において行い,D y@ C82の分子サイズ,Si(111)-7×7表面上での吸着サイトの特定および分子間の距離に関する情報 を得た。また,S T S からギャップが0.1–0.2 eV程度であることが示唆されたが,これは薄膜の電気抵抗率から示唆さ れた結果と同じである。この結果はPhysical Review B に投稿予定である。
B -1) 学術論文
Y. TAKABAYASHI, Y. KUBOZONO, T. KANBARA, S. FUJIKI, K. SHIBATA, Y. HARUYAMA, T. HOSOKAWA, Y. RIKIISHI and S. KASHINO, “Pressure and Temperature Dependences of Structural Properties of Dy@C82 Isomer I,” Phys. Rev. B 65, 73405-1–73405-4 (2002).
H. ISHIDA, T. NAKAI, N. KUMAGAE, Y. KUBOZONO and S. KASHINO, “Crystal Structure and Phase Transition in Tert-butylammonium Tetrafluoroborate Studied by Single Crystal X-Ray Diffraction,” J. Mol. Struct. 606, 273–280 (2002).
K. ISHII, A. FUJIWARA, H. SUEMATSU and Y. KUBOZONO, “Ferromagnetism and Giant Magnetoresistance in the Rare-earth Fullerides Eu6–xSrxC60,” Phys. Rev. B 65, 134431-1–134431-6 (2002).
D. H. CHI, Y. IWASA, X. H. CHEN, T. TAKENOBU, T. ITO, T. MITANI, E. NISHIBORI, M. TAKATA, M. SAKATA and Y. KUBOZONO, “Bridging Fullerenes with Metals,” Chem. Phys. Lett. 359, 177–183 (2002).
S. FUJIKI, Y. KUBOZONO, M. KOBAYASHI, T. KAMBE, Y. RIKIISHI, S. KASHINO, K. ISHII, H. SUEMATSU and A. FUJIWARA, “Structure and Physical Properties of Cs3+αC60 (α = 0.0–1.0) under Ambient and High Pressures,” Phys. Rev. B 65, 235425-1–235425-7 (2002).
Y. MARUYAMA, S. MOTOHASHI, N. SAKAI, K. WATANABE, K. SUZUKI, H. OGATA and Y. KUBOZONO, “Possible Competition of Superconductivity and Ferromagnetism in CexC60 Compounds,” Solid State Commun. 123, 229–233 (2002).
B -2) 国際会議のプロシーディングス
Y. NAGAO, R. IKEDA, S. KANDA, Y. KUBOZONO and H. KITAGAWA, “Complex-Plane Impedance Study on a Hydrogen- Doped Copper Coordination Polymer: N,N’-bis-(2-hydroxy-ethyl)-dithiooxamidato-copper(II),” Mol. Cryst. Liq. Cryst. 379, 89–94 (2002).
B -3) 総説、著書
Y. KUBOZONO, “Encapsulation of atom into C60 cage,” in “Endofullerenes: A new family of carbon clusters,” T. Akasaka and S. Nagase, Eds., Kluwer academic publishes b. v., Chap. 12 (2002).
久保園芳博 , 「フラーレンをベースにした高機能複合材料の設計」, 「特集 フラーレン科学の新展開」, 化学工業 53, 13– 17 (2002).
C ) 研究活動の課題と展望
金属内包フラーレン固体の構造・物性研究のアクティビティーを上げるために,HPL CによりM@C82やM@C60の分離精製を 精力的に行うとともに,その結晶性固体を得て放射光を使った粉末X線回折および X A F S の研究を進めています。また,金 属内包フラーレン薄膜を使った電気抵抗率測定や光電子分光による電子構造の研究も進めています。これらの研究は,分 子研滞在2年間の研究で順調に立ち上がっています。また,フラーレン薄膜を用いたF E T 研究についても結果が出始めて いますが,次の研究ステップに向けて準備を進めています。ナノメータスケールでのフラーレンの物理に関する研究は,結果 がやっと出始めたところですが,得られた成果をベースにナノデバイスに向けた研究を進めていくつもりです。
研究系及び研究施設の現状 191
高 嶋 圭 史 (助手)
A -1)専門領域:加速器物理学
A -2)研究課題:
a) 電子蓄積リングに代わる小型光源の研究 b)小型放射光施設の放射線遮蔽の研究 c) X線発生用小型電子蓄積リングの研究
A -3)研究活動の概略と主な成果
a) 電子蓄積リングに代わる小型光源のための電子発生装置として,フォトカソードを用いた高周波電子銃の研究,開 発を行っている。フォトカソード材料として,モリブデン基板およびガリウムヒ素基板上にセシウムテルライドを 蒸着し,量子効率の波長依存性を測定した。さらに,電子蓄積リングを用いない小型のX線源の実現可能性を検討す るため,エネルギー100 MeV程度の電子ビームを金属多層泊に入射した場合に発生するX線の強度をモンテカルロ シミュレーションにより計算した。
b)UV SOR 電子蓄積リングにおいて,電子ビーム損失によって発生する放射線量の方位角分布を測定し,電子損失の原 因となる電子ビームの残留ガスとの衝突及び,電子ビーム同士の衝突の断面積から導いた理論的な放射線量の予測 と比較した。
c) 電子エネルギー 1 GeV ,周長 40 m程度の小型電子蓄積リングに,X線発生用挿入光源として 7 T 超伝導電磁石を複 数個用いた場合の電子ビームの安定性に対する影響を検討した。また,偏向部からX線を発生させる方法として,偏 向電磁石を超伝導電磁石で作成し,強い偏向磁場を発生した場合の電子ビームの性質を検討した。
C ) 研究活動の課題と展望
放射光源を小型化する方法として,次の2つの方法を研究している。①高周波フォトカソードからの高密度,低エミッタンスの 電子ビームを取り出し加速した後,レーザーあるいは物質との相互作用で光を発生する方法,②小型の蓄積リングへ,ウィ グラー,アンジュレーター等の挿入光源を挿入し,必要な波長の放射光を十分な強度発生する方法。このうち,①においては, 電子密度を上げるため量子効率の良いカソード材料を選択する必要があり,セシウムテルライドは有望な候補であるが,そ の高周波フォトカソードとしての性質はまだ十分に調べられていない。現在,高周波を発生するためのクライストロン及びそ の電源の整備を行っており,カソードに高周波を印加して量子効率,カソードの寿命等の測定を行う予定である。セシウムテ ルライドを作成する基板として,モリブデン,ガリウムヒ素,チタン等を用いて量子効率の比較を行い,最良なカソードを作成 するための研究を続ける。また,100 MeV 程度の電子ビームを金属多層泊に入射した場合に発生するX線の実用性を理論 的及び実験的に検討する。②においては,電子エネルギー1 GeV 程度の蓄積リングに磁場強度 7 T の超伝導ウィグラーを 挿入した場合のビームの安定性を,ビームの入射から加速の過程にわたって調べている。また,小型放射光施設で発生す る放射線の空間分布を,電子ビーム損失の原因となっている様々な反応の断面積から正確に予測するための簡単な計算 方法を確立する。
分子クラスター研究部門 (流動研究部門)
谷 本 能 文(教授)
*)A -1)専門領域:磁気科学
A -2)研究課題:
a) 結晶成長の促進抑制、モルフォロジー変化 b) 不斉誘導
c) 固液界面の光化学反応 d) 遷移金属イオンの移動、分離 e) 電子スピン緩和とラジカル対失活
A -3)研究活動の概略と主な成果
a) グリシン結晶の成長が磁場(8 T )によって抑制されることを見出した。また,カーボンナノチューブを磁場内(0–8 T) で配向させて,その磁気異方性の値を見積もった。この結果は,以前に S QUID 磁束計を用いて測定された結果と符 合が異なる。磁気異方性の温度変化についても調べている。
b) ケイ酸塩水溶液中でZ nX2結晶が溶解すると,ケイ酸イオンとZ nイオンが結合して結晶から不溶性のケイ酸Z n膜を 生成する。膜はゼロ磁場では結晶から直線状に成長するが,磁場下(15 T )では容器の壁に沿ってキラルならせんを 巻いて成長する。この形態変化はイオンに働くローレンツ力によって説明できる。
c) Pt を担持した T iO2にメタノール中で光照射すると,H2と C O2が発生する。この光反応の磁場依存性を調べた。現在 までに磁場印加( 15 T )によって反応が抑制される結果を得ている。
d) 磁場内でイオンに作用する磁気力は,電場内でイオンに働くクーロン力に比べて,一般に10–6程度小さい。したがっ て,液相で磁気力によってイオンは動かないと思われてきた。我々は,シリカゲルを担体として用いて熱拡散を抑制 すれば,磁場内(8 T )で遷移金属イオンの移動が観測でき,さらに,移動距離の差からイオンの分離が可能であるこ とを示した。この移動の機構には,金属イオンと水分子からなる大きな塊(クラスター)の存在を提案している。 e) 液相で生成したラジカル対について,電子スピンの緩和過程を磁場内(14 T )でラジカル吸収,エキシプレクスケイ
光の観測から調べている。
B -1) 学術論文
Y. TANIMOTO, R. YAMAGUCHI, Y. KANAZAWA and M. FUJIWARA, “Magnetic Orientation of Lysozyme Crystals,” Bull. Chem. Soc. Jpn. 75, 1133–1134 (2002).
S. KOHTANI, M. SUGIYAMA, Y. FUJIWARA, Y. TANIMOTO and R. NAKAGAKI, “Asymmetric Photolysis of 2- Phenylcycloalkanones with Circularly Polarized Light: A Kinetic Model for Magnetic Field Effects,” Bull. Chem. Soc. Jpn. 75, 1223–1233 (2002).
I. UECHI, M. FUJIWARA, Y. FUJIWARA, Y. YAMAMOTO and Y. TANIMOTO, “Magnetic Field Effects on Anodic Oxidation of Potassium Iodide,” Bull. Chem. Soc. Jpn. 75, 2379–2382 (2002).
研究系及び研究施設の現状 193 A. KATSUKI, I. UECHI, M. FUJIWARA and Y. TANIMOTO, “High Magnetic Field Effect on the Growth of 3-Dimensional Silver Dendrites,” Chem. Lett. 1186–1187 (2002).
T. HAINO, H. ARAKI, Y. FUJIWARA, Y. TANIMOTO and Y. FUKAZAWA, “Fullerene Sensors Based on Calix[5]arene,” J. Chem. Soc., Chem. Commun. 2148–2149 (2002).
M. FUJIWARA, K, KAWAKAMI and Y. TANIMOTO, “Magnetic Orientation of Carbon Nanotubes at Temperatures of 231 K and 314 K,” Mol. Phys. 100, 1085–1088 (2002).
Y. FUJIWARA, J. HAMADA, T. AOKI, T. SHIMIZU, Y. TANIMOTO, H. YONEMURA, S. YAMADA, T. UJIIE and H. NAKAMURA, “Chain Length Dependence of High Magnetic Field Effects on Lifetimes of Radical Ion Pairs Linked by a Methylene Chain: Interpretation by Both Spin-Lattice and Spin-Spin Relaxations,” Mol. Phys. 100, 1405–1411 (2002).
B -2) 国際会議のプロシーディングス
Y. FUJIWARA, J. HAMADA, Y. TANIMOTO, H. YONEMURE, K. HAYASHI, M. NODA and S. YAMADA, “High Magnetic Field Effect on Lifetimes of Biradicals Generated by Photo-Induced Intramolecular Electron Transfer Reaction in C60-Phenothiazine Linked Compound,” 14th International Conference on Photochemical Conversion and Storage of Solar Energy, Sapporo (2002).
Y. FUJIWARA, M. TOMISHIGE, Y. TANIMOTO, T. KADONO, T. KAWANO, T. KOSAKA and H. HOSOYA, “Effects of 8 T Strong Static Magnetic Field on Behavior of Some Paramesia,” VI Asian Conference on Ciliate Biology, Tsukuba (2002).
B -3) 総説、著書
谷本能文、藤原昌夫 , 「結晶成長のダイナミクス」, 6 巻 , 分担執筆 , 共立 (2002). 藤原昌夫、藤原好恒、谷本能文 , 「磁気科学」, 分担執筆 , アイピーシー (2002).
B -4) 招待講演
藤原昌夫, 「勾配磁場内における常磁性イオン移動について」, 分子科学研究所研究会「磁気科学の新展開」, 岡崎コンファ レンスセンター, 2002年 12月 .
B -5) 受賞、表彰
谷本能文 , 日本化学会学術賞 (1997).
B -6) 学会および社会的活動 学会の組織委員
谷本能文、藤原昌夫 , 分子科学研究所研究会「磁気科学の新展開」組織委員 (2002).
B -7) 他大学での講義、客員
広島大学大学院理学研究科 , 「磁気科学」, 2002 年 7 月 . 広島大学理学部 , 「分子分光学」, 2002年 11 月 -12月 .
C ) 研究活動の課題と展望
微小重力環境の構築:宇宙実験の試み。磁気力が重力と逆向きに作用することによって,地上で微小重力環境が実現する。 微小重力場は物体が浮上する3次元対称な場である。その中で,特に熱拡散と粘性対流の観測を中心に研究を進めたい。 これらは重力場では重力によって歪められて綿密な観測が困難な現象である。
*)2002 年 4月 1日着任
研究系及び研究施設の現状 195
石 田 俊 正(助教授)
*)
A -1)専門領域:計算化学、理論化学
A -2)研究課題:
a) ab initio 計算からのポテンシャル面の自動的・効率的生成 b)固体中で色変化を行う分子・アモルファスの量子化学的研究
A -3)研究活動の概略と主な成果
a) 最新のab initio計算手法と組み合わせ可能なポテンシャル超曲面生成法としてIML S /S heaprd法を提案している。こ の方法とその応用した結果について,B ayesi an 解析の適用も行った。参照ポテンシャルとして H o らによるポテン シャル面を用いた。B ayesian解析を用いた場合の誤差は用いない場合の誤差より少し大きい。したがって,B ayesian 解析を用いても,IML S /S hepard法においてはポテンシャル面が改善されなかった。一方,S hepard法のみを用いた場 合についてみると,断面積も rms誤差もひじょうに改善された。B ayesian解析に S hepard法のみを組み合わせた場合 の rms 誤差の最小値が,IM L S /S hepard 法での最小誤差に近く,最良の結果どうしを比べると,S hepard 法と IM L S / S hepard法は精度があまり変わらなかった。しかるに,IML S /S hepard法では,ポテンシャル面の微分の情報を必要と しないので,同精度のポテンシャル面を得るのに必要な計算量ははるかに少なくてすむ。この点でIML S /S hepard法 は優れた手法であると考えられる[J. Comput. Chem. 印刷中]( Northwestern 大学 S chatz 教授との共同研究) b)無色のメチルビオロゲンジカチオンとそのジカチオンが光照射を受けて生じる有色のモノカチオンについてピリ
ジン環同士のねじれ角に対するエネルギーが変化を調べ,ジカチオンは約60°ねじれたときに安定であるのに対し, モノカチオンは平面型のときに安定であることを見いだした。これは光誘起でラジカル化がおこったときに構造変 化が起こることを示している。また,メチルビオロゲンと他の中性分子をゲスト分子として含む,電荷移動吸収帯を 示す包接体結晶においてビオロゲン分子が平面に近いが,メチルビオロゲンジカチオンが中性ゲスト分子から電子 を一部受け入れた結果,モノカチロンに近い構造をとっているものと解釈できた。さらに,精度をあげた構造変化の 計算およびメチルビオロゲンジカチオン,モノカチオン,その中性分子との電荷移動錯体について紫外・可視スペク トルの計算を行い,光照射によって着色することを再現でき,電荷移動吸収帯は半定量的に実験値と一致した。(東 京大学錦織助教授との共同研究)
アモルファス酸化タングステンのエレクトロクロミズムに伴う顕著な赤外スペクトル変化について研究した。現在までのところ, W 原子2個までを含むクラスターモデルを使って計算をして,電圧印加による着色に伴い,実験赤外スペクトルに3200 cm–1か ら2400 cm–1へのピークシフト,1000 cm–1のピークの成長が現れているが,それぞれが水素結合した OHによるものである こと,W =O 結合の生成によるものであることを示す結果を得ている。(静岡大学喜多尾助教授との共同研究)
B -1) 学術論文
H. YOSHIKAWA, S. NISHIKIORI, T. WATANABE, T. ISHIDA, G. WATANABE, M. MURAKAMI, K. SUWINSKA, R. LUBORADZKI and J. LIPKOWSKI, “Polycyano–Polycadmate Host Clathrates Including a Methylviologen Dication. Syntheses, Crystal Structures and Photo-Induced Reduction of Methylviologen Dication,” J. Chem. Soc., Dalton Trans. 1907– 1917 (2002).
B -2) 国際会議のプロシーディングス
K. KONOSHIMA, T. GOTO, T. ISHIDA, K. URABE and M. KITAO, “IR Absorption Spectra of Electrochromic WO3
Films,” Trans. Mater. Res. Soc. Jpn. 27, 349–352 (2002).
K. KIMURA, T. KONOSHIMA, T. GOTO, T. ISHIDA, K. URABE and M. KITAO, “Vibration analysis for IR absorption spectra on EC coloring of WO3 Film,” Proc. of Joint International Conference on Advanced Science and Technology 2002 448–451 (2002).
B -4) 招待講演
T. ISHIDA, “Theoretical study on Penning ionization: Anisotropic and spin-orbit effects,” IMS Research Symposium, “Current Status & Future Prospect of Dynamics of Photon, Electron and Heavy-Particle Collisions,” (「光、電子および重粒子衝突ダイ ナミクスの現状と展望」), Okazaki (J apan), J uly 2002.
B -7) 他大学での講義、客員
静岡大学工学部 , 「工学基礎化学」, 2002年 4 月−2003 年 3 月 .
C ) 研究活動の課題と展望
ポテンシャル面の生成については,5原子以上の系への拡張を目指している。また,計算機環境に恵まれた流動期間中に高 精度の ab initio計算と組み合わせてポテンシャル面生成を行いたいと考えている。一部は共同研究により進行中である。 ホストとゲストからなる包接体の計算では,近隣のゲスト分子およびホストからの影響を受けた場での分子の計算を行わな くてはならず,単位格子に数百原子を含むため,まともには扱えない。まわりの電荷の影響を考慮するために分子表面での静 電ポテンシャルの計算から求めた電荷をまず用いる予定であるが,ホストについてこの計算を行うのはab initio法では困難 である。現在までのところ,半経験的方法による電荷はあまりよくないこと,分子軌道計算を用いない電荷平衡法の結果が比 較的ab initio法による電荷をよく再現していることがわかっているので,電荷平衡法を用いて,結晶場に当たるホストの電荷 の計算を行う予定である。
エレクトロクロミズムについては,今まで用いてきたタングステンの2核モデルは小さすぎると考えられるので,少なくとも4核・ 8核程度の計算を行い,現在のスペクトルの帰属を確認し,同時に,ab initio動力学的手法で動的な構造変化とスペクトル
の関係も明らかにしたい。
*)2002 年 4月 1日着任
研究系及び研究施設の現状 197
大 庭 亨(助手)
*)
A -1)専門領域:生物分子科学
A -2)研究課題:
a) ナノ分子の自己会合をモチーフとする新材料の開発 b)蛋白質表面を認識する分子の合成と応用
c) 光合成メカニズムの分子レベルでの解明
A -3)研究活動の概略と主な成果
a) 地球社会の長期持続的発展を目標とするとき,次世代のデバイスにはナノスケール・分子スケールの高い集積度だ けでなく,省エントロピー性,すなわち必要なときだけ機能し,不要になったら容易に分解・リサイクルできるよう な性質をもたせたい。蛋白質「チューブリン」は自己会合してナノサイズの円筒構造体「微小管」を形成する。チュー ブリン/微小管は温度や阻害剤濃度などに応じて素早く会合・脱会合を繰り返すこともできる。そこで本研究では, チューブリンにエネルギー・物質・情報を伝達・変換・保持する機能分子を複合化し,そうした「電子ブロック」を組み 立てることにより,優れた省エントロピー性をもつインテリジェント・ナノデバイスを構築することを目的とした。 現在までに,蛍光色素や増感剤などを微小管上に集積することにより,太陽電池のはたらきをもつナノデバイスを 構築することができた(投稿中)。また,複数の酵素を微小管上に集積した物質変換ナノデバイスについても検討を 行っている。
b)上記ナノデバイスとの複合を視野に入れて,種々の相互作用により蛋白質の特異的部位に吸着・結合する分子の開 発を行っている。これまでに,ホウレンソウより抽出したクロロフィルaを原料として,正電荷を有するクロロフィ ル類縁体やビオチン部分を有するクロロフィル類縁体を合成した。前者はタバコモザイクウイルスのもつ円筒構造 の内部に特異的に吸着させることができた。また,後者は蛋白質アビジンと特異的に結合させることができた。 c) 光合成の中で中心的役割を果たすクロロフィルは非対称な分子であり,その大きなπ共役系平面には「表」と「裏」が
ある。このπ共役系の中心にあるMgが表裏いずれの側から配位子を近づけ易いのかについては,従来まったく議論 されてこなかった。本研究では,これまでに解明された光合成蛋白質結晶中のクロロフィルの構造調査とMMおよ びMO計算から,配位を受けやすい面を初めて特定した。また,配位を受ける面と生体中でのクロロフィルの機能と の関係についても考察した。
B -1) 学術論文
T. OBA and H. TAMIAKI, “Which Side of the π-Macrocycle Plane of (bacterio)chlorophylls Is Favored for Binding of the Fifth Ligand? ” Photosynth. Res. 74, 1–10 (2002).
B -2) 国際会議のプロシーディングス
T. OBA and H. TAMIAKI, “Coordination chemistry of chlorophylls: Which side of the chlorin macrocycle is favored for the ligand coordination? ” J. Photosci. 9, 362–363 (2002).
B -6) 学会および社会的活動
岡崎高校スーパーサイエンスハイスクール活動支援
C ) 研究活動の課題と展望
A -3)-a)について:微小管を応用した「ナノ太陽電池」により,第一段階をほぼ達成することが出来たと考えている。今後は, 微小管以外のナノ分子(タバコモザイクウイルスや蛋白質アビジンなど)を用いて同様のデバイスを構築することにより,我々 の提案するナノデバイス設計原理の一般化を図りたい。また,研究の第2段階として,特定の位置に特定のナノ分子を簡便 に並べる方法論の開発を目指したい。
A -3)-b)について:蛋白質に吸着・結合できたものの,特にアビジン系ではクロロフィル類縁体とアビジンとの結合定数が小 さいことが現在の問題である。充分な量のクロロフィル類縁体が結合しなかったのは,この化合物の水溶性の低さに原因が あると考え,現在この点を改善した化合物を合成している。
A -3)-c)について:上記A -3)-a)の結果を踏まえ,離合集散型システムの立場から生物のもつ光合成系の特徴を探っていきた い。また,A -3)-b)の結果を用い,光合成モデル系の立場からクロロフィルと蛋白質との間の様々な関係性を調べたいと考え ている。
*)2002 年 4月 1日着任